2006年12月18日

ユーゴ、決勝トーナメント進出。

 6月19日のUAE戦は格下を相手に若い攻撃陣を試した。
 4−1。ユーゴは決勝進出を決める。



posted by オシム at 21:53| 奈良 晴れ| Comment(42) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オシムにとっての本当のW杯がようやく開幕した。

 1990年イタリアW杯初戦、大敗でメディアを沈黙させたオシムは、6月14日のボローニャでのコロンビア戦から本来の采配を振るいだした。
 このゲームは、若きストイコビッチとパリ・サンジェルマンのエース、スシッチがゲームメイクを担った。
 このゲームの様子を木村元彦著『オシムの言葉』から紹介する。
 
「ゴールをこじ開けたのはスシッチのアイデアだった。
 ハジベキッチからのスローインを受け取るとすぐさまリターンを出し、マークを引き剥がして疾走する。サバナゾビッチに預けたボールがダイレクトで戻ってくることを完璧に予期していたフリーラン。走りながら受け取ると、これもまた見方を信じて中盤の底から駆け上がっていたヨジッチの胸に、絶妙のクロスを放り込んだ。
 ボランチでありながら、すでにペナルティーエリアに侵入していた背番号6はトラップするや、見事なボレーをたたき込んだ。これぞユーゴという巧みな足技とショートパスを駆使した決勝点。
「敗戦」を見せつけた後の快勝。国内でも「使うべきだ」と論争を呼んだサビチェビッチとプロシネチキをオシムは90分、ベンチに下げたままだった。
 メディアは沈黙せざるをえなかった。オシムにとっての本当のW杯がようやく開幕した。」

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posted by オシム at 21:27| 奈良 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

オシムが明かすはずがない。

木村元彦著『オシムの言葉』より

 さらに西ドイツ戦ではストッパーだったハジベキッチを本来のスイーパーに戻し、ヨジッチを1列前に上げて、カタネッチと組ませたことで、中盤は見違えるように厚みを増した。
 サバナビッチは十分に期待に応えた。コロンビアの金髪のライオンを追い回し、一切仕事をさせなかった。
 ボローニャの観客は、ハジベキッチ(スイーパー)とヨジッチ(スイーパー)が西ドイツ戦では実は役割能力が逆のことを担当させられていたことに気がついたことだろう。
 最後尾の守りは4日前の4失点が嘘であったかのように破綻から遠い所にあり、ラテンアメリカの雄を完封することに成功する。なぜ初戦からこの布陣ではなかったのか。いぶしがってもその理由を当時のオシムが明かすはずがない。









posted by オシム at 21:09| 奈良 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

次の戦い

 1990年イタリアW杯初戦大敗でメディアを沈黙させたオシムは、次の戦いからは本来の采配をふるい始めた。
 試合の様子は、木村元彦著『オシムの言葉』に詳ししく書かれている。

 『試合が始まる。守備意識が希薄なドリブラーを外して、任務遂行のためにはどこまでも付いて行くマンマークのスペシャリストを入れたことで、ディフェンスは一気に安定した。』





 
posted by オシム at 23:06| 奈良 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月07日

あの頃のユーゴは最強のチームだった。

 1990年W杯初戦、オシムはわざと負けてみせた。それを実証する事実が、木村元彦著『オシムの言葉』にある。
 
 対戦した当事者に話を聞きに言ったのが、発言に触れた直後2003年の4月だった。
 何の因果だろうか。当事者はオシムが率いたパルチザン・ベオグラードの2代後の監督に就任していた。
 
「ユーゴとの試合は鮮明に記憶に残っている。ユーゴスラビアがサッカーの国、サッカーの民の国であることを私は思い知ったよ」

 ローター・マテウスはベオ郊外、ゼムン市のトレーニングセンター2階で取材に応じた。
 人民軍の赤い星をあしらったトレーナーを羽織ったドイツの闘将は、いかつい顔をほころばせて遠い目をした。点差ほど楽な試合ではなかったとゲルマンのシンボルは言うのだ。
「我々は幸運も手伝って、勝つには勝ったが、この国が持つポテンシャルを十分に見せつけられて、畏怖さえした。私がここ(パルチザン)の監督を引き受けたのもそのことが少なからず影響している」
 あのイタリア大会のチャンピオンチームであったあなたが、畏怖したのか、と問う。大きく頷いた。
「うん。あの頃のユーゴは最強のチームだったと言える。90年は特に恐るべき集団だった。我々との試合だけではなく、全ての戦いにおいて輝きを放っていた。そのユーゴに勝ったことで我々は優勝に邁進できたと思う。ベッケンバウアー(当時西ドイツ代表監督)は、勝って謙虚さを忘れず、負けても毅然としているオシムの態度に感銘を受けていた」
 優勝した西ドイツが最も恐れていたのがユーゴスラビア。オシムが確信犯であったのではないかとの言質は、図らずもマテウスの口から出てきた。




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posted by オシム at 23:56| 奈良 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月29日

わざと負けた見せた!!

 1990年W杯初戦の西ドイツ戦。「わざと負けて見せた」とオシムは言う。
全員が攻撃的で全く守る選手がいない。そんなことでサッカーが成立するはずがないのだ。
 しかし、大切な試合でそんなことができるのだろうか。当時は出場チームが24。うち16チームが決勝トーナメントに進めた。たとえ予選リーグで3位でも決勝トーナメントに進める可能性があった。しかし、こんな思い切ったことをする監督が本当にいるのだろうか。
 オシムのやったことの裏づけが、木村元彦著『オシムの言葉』に紹介されている。


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posted by オシム at 17:30| 奈良 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月25日

わざと負けて見せた

 1990年イタリアW杯初戦の対西ドイツ戦。オシムはメディアを沈黙させるために大胆な作戦に出た。メディアが使え、使えとうるさい攻撃タレントを3人一緒に使ったのだ。

 以下、木村元彦著『オシムの言葉より』

 前半28分。ドイツ陣内のボールがベルトルトから右サイドのロイターに渡った時、まずカタネッチがボールにつられた。と同時に、後方で余っているべきヨジッチも高い位置にいたために、駆け上がってくるマテウスへの対応に遅れてしまう。
 ロイターからのダイレクトパスが入ったマテウスが、左足一閃振りぬくと、ペナルティエリアの外から25メートルの弾丸ミドルが綺麗にゴールを射抜いた。
 ユーゴの前線のタレントたちは守備意識が希薄であったというよりも、それをスタイルとしていないファンタジスタであり、チームとしての重心が明らかに傾いていた。後半18分の3点目はさらに顕著だった。中盤が間延びし、再びマテウスにハーフウェイライン手前からのドリブルを許してしまう。スペースを意のままに使われ、またも高い位置に上がって飛び込んだヨジッチがかわされた。追加点を献上してしまう。
 サンシーロに刻まれたリザルトは1−4。オシムは4度ゴールを割られる敗戦を見せつけることで、メディアの要求を沈黙させた。

 



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posted by オシム at 18:15| 奈良 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

結果は無惨だった。

1990年6月10日ミラノ。旧ユーゴは初戦の西ドイツ戦を迎えた。オシムはメディアを沈黙させるために大胆な作戦に出た。
 
 発表された先発メンバーは、DFにボスニア人、セルビア人、クロアチア人。中盤の底にスロベニア人を置き、両サイドハーフはムスリム人とクロアチア人。そして前線には、モンテネグロ人、ボスニア人、セルビア人、そしてもう一人はモンテネグロ人だった。

 エクストラキッカーが3枚現出した。オシムはこのメンバーにW杯ユースMVPのプロシネチキを加えた4人をエクストラキッカーのカードとして考えていた。ところが4人の出身民族籍がセルビア、クロアチア、モンテネグロ、ボスニアとすべて異なるのだ。各共和国メディアは、同胞の名を先発メンバー表に記すことを望んだのだ。

 オシムは言う。(木村元彦著『オシムの言葉』より)

 「記者諸君が使え、使え、とうるさい攻撃タレントを3人一緒に使うとどうなるか」

 結果は無惨だった。


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posted by オシム at 20:40| 奈良 晴れ| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

そんなものに耐えられないならば代表監督などにならぬほうがいい

木村元彦著『オシムの言葉』より

「新聞記者が現在の分裂した国に分かれ始めて、重圧をかけてきた。各国記者が自分の民族の選手だけを気にする。あの時のメディアは、サッカー的に質の高い選手を伝えようとせずに、どこの出身か、どういう名前なのか、どこの民族籍か、それを欲しがった。酷いものだ。ナショナリストによるプロパガンダに堕そうとしていたし、驚いたことに記者会見も3つぐらいに分かれていたのだ」

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posted by オシム at 18:31| 奈良 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チームが崩壊する要素

 旧ユーゴ代表監督を引き受けたオシムの心労は想像を絶する。
多民族国家のデメリットがオシムを襲う。


 W杯イタリア大会に乗り込んだオシムを襲ったメディアの攻撃を、木村元彦著『オシムの言葉』にこう書かれている。

「イタリアに乗り込んで行くと、同行するメディアは政治色に飲み込まれた使命から、独自の行動をし始めた。それぞれが、自民族からのみ、コメントを引き出すのだ。
 日本の地方ブロック紙がご当地選手を追っかけているのとは、全く異なる意図がそこには介在する。ホテルでは、スロベニアグループ、クロアチアグループ、セルビアグループというように、民族ごとの島のようなものができかけた。
 常にセルビアだ、クロアチアだ、という文脈でメディアは書きたがった。選手の手元には、それぞれの家族や友人からこのように報道されているというファックスが送られて来た。本来であれば帯同し、代表を鼓舞する役割である記者たちの手によって、チームが崩壊する要素が作られていった。」


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posted by オシム at 18:15| 奈良 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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